01/16 ちょっとそこまで栃木佐野市(^^;)

ジェットセットのホームページへ

———————-facebookより転載しました————————————

運転を始めてからはや44年か。
渋滞に始まり渋滞におわるか(^^ゞ
渋滞の無い首都高なんて首都高ぢゃないて 思うくらい
渋滞が好きな私(^^ゞ 運転してればそれだけでココロがはずむ 変な人<自分。今日は栃木の佐野まで一走り、、 足利へ抜けて太田をとおって熊谷ぬけて 東松山経由で八王子帰着、無事の帰着でokでした。 夕食はサイゼリヤさんにお世話になりましたとさ。 そうそうi-pad miniを覗いてきました。いいなあれ。

———————————————————-
えっと、東北道へのいり口ですね。

その手前の分岐。ず~っと渋滞。

佐野のサービスエリア、ここのラーメンコーナーは
青竹手打ちではありません。手打ちはね>しょ~ちゃん
レストランの手打ちラーメンと、手打ちチャーシューめん
だけなんですよ、セットものも手打ちではないのよ。

群馬大田の富士重工横のばっちり渋滞。
このステラ、ただもんではなさそ。

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01/17 健康情報:山本法乗さんの投稿。

JETSETのホームページへ


アクセス (山本法乗 Houjou Yamamoto  http://www.bishael.com/)

 カーショップジェットセットの佐崎誠司は座れることへのこだわりは強く、
座っているのになぜ疲れるのか?を命題に30年間も自動車の椅子を考え、
自身で編み出した〔疲れにくい座り〕の啓蒙を製品販売の
お仕事にのせて皆様にお届けしてきました。
さらに告知を広めるために2010年に最初にアクセスをした
facebook上には逆に私の知らなかった、そして皆様にもお伝えしたい有益かつ
楽しい情報があちらこちらにに美しい光を放って私を待っておりました。

そこで私は考えました、このブログをお読みいただける方々に
健康講座や、絵画&写真投稿など
秀逸な投稿を時間の取れたときに投稿をいたします。快く掲載許可をいただけた
先生各位にはこの場をかりて御礼を申し上げます。
また読書の方々はご期待くださいませ。

—–2013.01.17 facebookに投稿を転載しました(許可済)————–

こんにちは!
小路には雪が融けずに固まっています。
膝を緩めてユラリユラリと歩いています。

今日の健康ワンポイントです!

現代人の大多数は科学教育を受けているため、
目に見える現実を絶対視しています。
そのため自分が発信する意識が
病気の原因をつくっている、ということを
信じたがらないでいます。

目に見えない事実しか信じられない人々が
多く輩出されてきたと同時に、
日本人の持っている資質や徳目が希薄に
なってきた気がしてなりません。

医療技術や医療機器が進歩し、
薬剤の研究開発も進化し続けている現代。
しかしそれでも、三〇年前と比較しても、
病気や病人が減っていないのは
なぜだろうか?と疑問を持つことが
正常なのではないかという気がします。

現状維持のために、
(実際に薬の種類が増えているのであれば、
それは現状維持ではないのですが…)
薬を処方されままにいるのであれば、
健康体に戻るということは
ムリかもしれません。

今の現状のままで、
病気回復が思わしくないのであるならば、
科学的処理や医学的処置のほかに
何かするべきことがあるのではないか?
と考えるほうが、よほど建設的です。

「意識」を無視してきた生き方が、
目に見える事実しか信じられない
という生き方が、
現在の状況を、環境を、立場を、
つくってきたのだととらえることから、
奇跡と思えしものも我が身に起きてくるのです。

写真: こんにちは!
小路には雪が融けずに固まっています。
膝を緩めてユラリユラリと歩いています。

今日の健康ワンポイントです!

現代人の大多数は科学教育を受けているため、
目に見える現実を絶対視しています。
そのため自分が発信する意識が
病気の原因をつくっている、ということを
信じたがらないでいます。

目に見えない事実しか信じられない人々が
多く輩出されてきたと同時に、
日本人の持っている資質や徳目が希薄に
なってきた気がしてなりません。

医療技術や医療機器が進歩し、
薬剤の研究開発も進化し続けている現代。
しかしそれでも、三〇年前と比較しても、
病気や病人が減っていないのは
なぜだろうか?と疑問を持つことが
正常なのではないかという気がします。

現状維持のために、
(実際に薬の種類が増えているのであれば、
それは現状維持ではないのですが…)
薬を処方されままにいるのであれば、
健康体に戻るということは
ムリかもしれません。

今の現状のままで、
病気回復が思わしくないのであるならば、
科学的処理や医学的処置のほかに
何かするべきことがあるのではないか?
と考えるほうが、よほど建設的です。

「意識」を無視してきた生き方が、
目に見える事実しか信じられない
という生き方が、
現在の状況を、環境を、立場を、
つくってきたのだととらえることから、
奇跡と思えしものも我が身に起きてくるのです。

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